2009年07月04日
第2回結集in護国寺
ちょっと前ですが…
5月23日に「第2回結集in護国寺」が行われました。
ご存じ宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会の開催です。
その時に行われた石濱裕美子先生(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)の
講演がyoutubeにUPされていますので、ご紹介します。
さすが先生だけあって、伝えるのが上手!分かりやすい!
なんせお話はショーペンハウアーやワグナーから始まります。
いや~、勉強になりました!
「仏教はエコロジー」とは名言ですね。おっしゃる通りです。
世界でチベット仏教がどのようなポジションにいるのかが、よく分かります。
欧米からどのように見られているのか全く知らなかったので、
この講演を見る事が出来て良かったです。
世界中でダライ・ラマ法王の「幸福論」が教育書として使用されているとは、
これまた全く知りませんでした。
スゴイですね~、教育書用に改編された本を読んでみたいです。
読みたい本がまた増えてしまいました…
まだ読み終わっていないアマゾンからきた本が積まれているというのに…
一日24時間って短いですよね
石濱先生、ありがとうございました
それにしても、こういった講演がUPされると、遠くにいる身には大助かりですね♪
投稿者さま、ありがとうございます
お時間のある時にでも、どうぞご覧下さいませ☆
とってもおもしろいし、見終わった後に元気にもなりますよ~
■石濱裕美子氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
文学博士。早稲田大学大学院博士課程修了。同大学教育学部専任講師、准教授を経て現職。
編著書に「チベット仏教世界の歴史的研究」(東方書店、2001)、「チベットを知るための50章」(明石書店、2004)、「図説 チベット歴史紀行」(河出書房新社、1999)、訳書に「聖ツォンカパ伝」(大東出版社、2008)、「ダライ・ラマの仏教入門」(光文社、2000)、「ダライ・ラマの密教入門」(光文社、2001)など。現在、日本国内におけるチベット史研究の第一人者。
http://www.youtube.com/watch?v=u0K-8UZLF5Q&feature=related
5月23日に「第2回結集in護国寺」が行われました。
ご存じ宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会の開催です。
その時に行われた石濱裕美子先生(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)の
講演がyoutubeにUPされていますので、ご紹介します。
さすが先生だけあって、伝えるのが上手!分かりやすい!
なんせお話はショーペンハウアーやワグナーから始まります。
いや~、勉強になりました!
「仏教はエコロジー」とは名言ですね。おっしゃる通りです。
世界でチベット仏教がどのようなポジションにいるのかが、よく分かります。
欧米からどのように見られているのか全く知らなかったので、
この講演を見る事が出来て良かったです。
世界中でダライ・ラマ法王の「幸福論」が教育書として使用されているとは、
これまた全く知りませんでした。
スゴイですね~、教育書用に改編された本を読んでみたいです。
読みたい本がまた増えてしまいました…
まだ読み終わっていないアマゾンからきた本が積まれているというのに…
一日24時間って短いですよね

石濱先生、ありがとうございました

それにしても、こういった講演がUPされると、遠くにいる身には大助かりですね♪
投稿者さま、ありがとうございます

お時間のある時にでも、どうぞご覧下さいませ☆
とってもおもしろいし、見終わった後に元気にもなりますよ~

■石濱裕美子氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
文学博士。早稲田大学大学院博士課程修了。同大学教育学部専任講師、准教授を経て現職。
編著書に「チベット仏教世界の歴史的研究」(東方書店、2001)、「チベットを知るための50章」(明石書店、2004)、「図説 チベット歴史紀行」(河出書房新社、1999)、訳書に「聖ツォンカパ伝」(大東出版社、2008)、「ダライ・ラマの仏教入門」(光文社、2000)、「ダライ・ラマの密教入門」(光文社、2001)など。現在、日本国内におけるチベット史研究の第一人者。
http://www.youtube.com/watch?v=u0K-8UZLF5Q&feature=related
2009年06月11日
映画「チベットチベット」が本になりました

映画「チベットチベット」が本になりました

スゴイですね~!
より多くの方にチベットを知ってもらう機会が増えましたね。
↓ 以下、新刊案内の転載です ↓
河出書房新社: 新刊書籍のご案内
謹啓 平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
この度、弊社から刊行いたします『チベットチベット̶̶在日コリアン3世が見た2つの
チベット』のリリースと見本をお送りさせていただきます。
ご笑覧いただければ幸甚に存じます。 謹白
.......................................................................................................................................................................................................................................
チベットチベット
在日コリアン3世が見た2つのチベット
【著者】キム・スンヨン
【造本】四六判・並製・224ページ【ISBN】978-4-309-24482-2
【発売日】2009年6月12日【価格】1,680 円(本体1,600 円)
田口ランディさん推薦!
「人は変れる。だから必ず道はある。」
【本書の内容】
在日コリアン3世としての揺らぐアイデンティティを胸に世界旅行へ。
そこで知ったのは、中国政府によるチベット民族への過酷な弾圧の実態だった。
ビデオカメラを手にインドのチベット亡命政府を訪れ、ダライ・ラマ14世や亡命者
たちを取材し、そして中国のチベット自治区へ。2つのチベット、そこで見たもの
は……。
ドキュメンタリー映画『チベットチベット』の監督が書き下ろした渾身の記録!
.......................................................................................................................................................................................................................................
でっかい世界に等身大で挑んだ青年、キム・スンヨン。
とまどいも、弱さもすべてをさらけだして、ありのままの自分に世界を映していく
彼の生き方に共感する。若造であることは恥ではない。
自らの無知に気づかないことが恥なのだ。では、気づいたらどうするか。
学ぶしかない。彼が自らの血と肉でつかみとったチベットの現実。
それは簡単に変えることができないが、キム・スンヨンは現実の前で己の価値観
が変容することを体験した。
人は変れる。だから必ず道はある。そのことを、この本は教えてくれる。
̶̶田口ランディ(作家)
.......................................................................................................................................................................................................................................
【著者プロフィール】
キム・スンヨン(金昇龍):映像作家。1968 年生まれ。
滋賀県出身の在日コリアン3世。97 年、あてどのない世界旅行の途中、
北インドのダラムサラでチベット問題を知り、持っていたビデオカメラでチベット亡命者
の現状を撮影。帰国後の2001 年、ドキュメンタリー映画『チベットチベット』を完成
させ各地で上映活動を開始。同作は、02年・台湾国際ドキュメンタリー映画祭
正式招待作品、04 年・東京平和映画祭クロージング上映作品、05 年・山形国際
ドキュメンタリー映画祭正式招待作品となったほか、07 年・オレゴンTAC映画映像
祭では観客賞(最高賞)を受賞。
そのほかの監督作品に中国雲南省の山岳民族の衣装をテーマにした
『雲南COLORFREE』、沖縄県北部のやんばるの森で行われた歌手UA の
コンサートを記録した『心~ククル~ UA やんばるLIVE』がある。
【本書に関する問い合わせ先】
河出書房新社 編集部 塚田眞周博 tsukada@kawade.co.jp
〒151-0051 渋谷区千駄ヶ谷2-32-2 TEL 03-3404-8611 FAX 03-3404-1377
以上、新刊案内の転載でした

アマゾンで買えるみたいですね。送料無料です。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88-%E3%82%AD%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%83%A8%E3%83%B3/dp/4309244823
2009年06月06日
ドキュメンタリー「雪の下の炎」

近頃ちょっとバタバタしておりまして、ブログを長らく更新出来ませんでした。
連絡を下さった皆様、気にかけて下さりありがとうございました♪
これからはもっと元気に頑張りますね

本日6日から12日まで、桜坂劇場にてチベット僧のドキュメンタリー映画が上映されます。
中国軍の侵攻に対して平和的なデモを行った為、33年に及ぶ投獄や拷問などを受けた
チベット僧のパルデン・ギャツォのドキュメンタリー映画です。
(アップリンクのサイトで予告編見れます。
興味がある方はご覧下さい → http://www.uplink.co.jp/fireunderthesnow/
アップリンク…なつかしいデス
)北部在住の身としては、那覇はちょっと遠いです…
しかも午前中のみの上映(①10:30から②12:30から)なので、う~ん…むずかしい。
でもせっかくの上映なので、時間作って行ってこようと思っています。
北部にこういった系統の映画を上映する映画館があると良いなぁ。
こちら桜坂劇場での上映詳細です。
↓
http://www.sakura-zaka.com/lineup/m0906/090606_yukinoshita.html
75分とあまり長くない上映時間です。
お時間ある方は気合い入れて観に行きましょうっ

ご覧になった感想などを聞かせてもらえたら嬉しいです
2009年04月28日
ダライ・ラマ法王来日会見
先日行われた、ダライ・ラマ法王の成田での会見についてです。
以下、産経ニュースより転載 ↓
「中国は子供のよう」 ダライ・ラマがチベット弾圧批判
2009.4.22 18:06
22日午前、千葉県成田市(ロイター) 来日したチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世は22日、滞在先である千葉県成田市内のホテルで記者会見し、中国のチベット弾圧について、「中国は昨年夏の北京五輪の際には弾圧姿勢を緩和してきたが、その後は再び強硬になり、いまは逆戻りしてしまった」と指摘し、「中国は大国だが、子供のような行動をする」と痛烈に批判した。
また、ダライ・ラマは昨年3月、チベット自治区ラサ市内で起きた大規模な騒乱に関与したとして死刑判決が相次いでいることについて、「現在のチベットの状況を反映している。そうした事実や現実を直視してほしい」と強調した。
ダライ・ラマによると、昨年11月、最後の対中対話で、「中国とは対立しないとの文書を提出した」ものの、中国側はその後、「ダライ・ラマは分裂主義者」などと一方的に批判しただけだった。ダライ・ラマはこの後、米国に約2週間滞在し、カリフォルニア大やハーバード大の研究者らと交流。その後、デンマークやアイスランド、オランダを訪問する予定。
ダライ・ラマの外遊は、自らがインドに亡命するきっかけとなったチベット動乱から50年を迎えた同自治区などで中国政府による厳戒態勢が敷かれて以来初めて。昨年11月から途絶えている対中対話再開の重要性を国際社会に訴えるねらいがあるとみられる。
以上、転載でした。
昨年より、「法王が沖縄にいらっしゃるのでは…」といった予想がされていますが、
今回は日本にチラっと立ち寄られただけでしたね。
それにしてもお忙しそう。
お年や状況を考えると、信じられない位お元気でいらして…スゴイですね。
悲しくなったり暗い気持ちになるニュースが多くありますが、
ダライ・ラマ法王がこの世に生きていらっしゃるのが、どれ程多くの人の助けに
なっているのかを思うと、少し救われた気持ちになります。
近頃、少し悲しみに囚われがちです。
自分の非力さや子供の悲しいニュース等、諸々の事によってですが…
そんな煩悩満載な私は、お釈迦様の言われる「矢」を抜くよう、
もっと心を整えていこうと思います。
以下、産経ニュースより転載 ↓
「中国は子供のよう」 ダライ・ラマがチベット弾圧批判
2009.4.22 18:06
22日午前、千葉県成田市(ロイター) 来日したチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世は22日、滞在先である千葉県成田市内のホテルで記者会見し、中国のチベット弾圧について、「中国は昨年夏の北京五輪の際には弾圧姿勢を緩和してきたが、その後は再び強硬になり、いまは逆戻りしてしまった」と指摘し、「中国は大国だが、子供のような行動をする」と痛烈に批判した。
また、ダライ・ラマは昨年3月、チベット自治区ラサ市内で起きた大規模な騒乱に関与したとして死刑判決が相次いでいることについて、「現在のチベットの状況を反映している。そうした事実や現実を直視してほしい」と強調した。
ダライ・ラマによると、昨年11月、最後の対中対話で、「中国とは対立しないとの文書を提出した」ものの、中国側はその後、「ダライ・ラマは分裂主義者」などと一方的に批判しただけだった。ダライ・ラマはこの後、米国に約2週間滞在し、カリフォルニア大やハーバード大の研究者らと交流。その後、デンマークやアイスランド、オランダを訪問する予定。
ダライ・ラマの外遊は、自らがインドに亡命するきっかけとなったチベット動乱から50年を迎えた同自治区などで中国政府による厳戒態勢が敷かれて以来初めて。昨年11月から途絶えている対中対話再開の重要性を国際社会に訴えるねらいがあるとみられる。
以上、転載でした。
昨年より、「法王が沖縄にいらっしゃるのでは…」といった予想がされていますが、
今回は日本にチラっと立ち寄られただけでしたね。
それにしてもお忙しそう。
お年や状況を考えると、信じられない位お元気でいらして…スゴイですね。
悲しくなったり暗い気持ちになるニュースが多くありますが、
ダライ・ラマ法王がこの世に生きていらっしゃるのが、どれ程多くの人の助けに
なっているのかを思うと、少し救われた気持ちになります。
近頃、少し悲しみに囚われがちです。
自分の非力さや子供の悲しいニュース等、諸々の事によってですが…
そんな煩悩満載な私は、お釈迦様の言われる「矢」を抜くよう、
もっと心を整えていこうと思います。
2009年04月13日
インドへのEMS
今回の寄付は、洋書・子供服・CD-ROMなどです。
洋服は船便で送るのですが、隙間埋めに新品を選んで入れました。
3名の方からの寄付です。
いつもありがとうございます

無事にチベット子供村に届きますように

寄付して下さった方達の温かい気持ちも、一緒に届きますように
2009年03月23日
警察を襲撃
「チベット人が警察署を襲撃」というニュースが流れていますね。
「襲撃」という言い方は、どうにかならないものでしょうか…
これでは、チベット人が単なる暴れん坊みたいで、泣けてきます。
自分の国の文化・言葉・宗教を大事にする事は、尊重されてしかるべきです。
当たり前の事です。
もし、あなたが自分達の文化を踏みにじられた経験を持つ人なら、
人一倍その気持ちが理解出来るのではないでしょうか。
想像して下さい。
祈りを捧げる場所の多くを破壊され、
先祖代々大事に守ってきた自然は壊されていき、
子供たちは教育が受けられず、自分達の言葉は通用しなくなり、
自分達の土地で圧倒的少数派となっていき、生活は滞り、
「自国に自由を!」と言った人は逮捕され行方不明になる事もあり、
平和的デモを行っても武力を持って鎮圧・逮捕・拷問となる、
そんな逮捕された仲間や家族の無事を思って祈る事も禁じられる…
そんな事が自分達の現実となるとは、信じられませんよね。
でも、チベットではそれが現実なんです。
更に辛い事に、現状はもっと悲惨です。
女性に対しての仕打ちや核問題、ヒマラヤを越えての亡命など、列挙に暇がありません。
知れば知る程、愕然とします。
読み進む事が出来ず、本を閉じる事が多々あります。
人間はどこまで腐って堕ちていく事が出来るのか、これ以上知りたくないです。
そんな中、亡命し生き延びたチベット人が
「中国人は決して悪くない。政府が悪いだけだ」
というのを見たり読んだりすると、なんとも言えない気持ちになります。
人を許すとはどういう事か、その尊さを改めて思い知るばかりです。
キング牧師の言葉に、次のようなものがあります。
「正義を実現させる為には、正義の行動で闘わねばならない」
正義の行動とは、他者を傷つけない平和的行動に他なりません。
私達一人ひとりに出来る正義の行動とは、一体何なのでしょうか。
私達はいつになれば、正義の行動を起こすのでしょうか。
私達が作り上げたこの世界を、良い方向へ動かす事は出来るのでしょうか。
☆画質イマイチですが、動画です☆
http://media.phayul.com/?av_id=148
☆CNN☆
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200903220012.html
☆AFP☆
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2584858/3945163
「襲撃」という言い方は、どうにかならないものでしょうか…
これでは、チベット人が単なる暴れん坊みたいで、泣けてきます。
自分の国の文化・言葉・宗教を大事にする事は、尊重されてしかるべきです。
当たり前の事です。
もし、あなたが自分達の文化を踏みにじられた経験を持つ人なら、
人一倍その気持ちが理解出来るのではないでしょうか。
想像して下さい。
祈りを捧げる場所の多くを破壊され、
先祖代々大事に守ってきた自然は壊されていき、
子供たちは教育が受けられず、自分達の言葉は通用しなくなり、
自分達の土地で圧倒的少数派となっていき、生活は滞り、
「自国に自由を!」と言った人は逮捕され行方不明になる事もあり、
平和的デモを行っても武力を持って鎮圧・逮捕・拷問となる、
そんな逮捕された仲間や家族の無事を思って祈る事も禁じられる…
そんな事が自分達の現実となるとは、信じられませんよね。
でも、チベットではそれが現実なんです。
更に辛い事に、現状はもっと悲惨です。
女性に対しての仕打ちや核問題、ヒマラヤを越えての亡命など、列挙に暇がありません。
知れば知る程、愕然とします。
読み進む事が出来ず、本を閉じる事が多々あります。
人間はどこまで腐って堕ちていく事が出来るのか、これ以上知りたくないです。
そんな中、亡命し生き延びたチベット人が
「中国人は決して悪くない。政府が悪いだけだ」
というのを見たり読んだりすると、なんとも言えない気持ちになります。
人を許すとはどういう事か、その尊さを改めて思い知るばかりです。
キング牧師の言葉に、次のようなものがあります。
「正義を実現させる為には、正義の行動で闘わねばならない」
正義の行動とは、他者を傷つけない平和的行動に他なりません。
私達一人ひとりに出来る正義の行動とは、一体何なのでしょうか。
私達はいつになれば、正義の行動を起こすのでしょうか。
私達が作り上げたこの世界を、良い方向へ動かす事は出来るのでしょうか。
☆画質イマイチですが、動画です☆
http://media.phayul.com/?av_id=148
☆CNN☆
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200903220012.html
☆AFP☆
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2584858/3945163
2009年03月19日
ダライ・ラマ14世のおいケドゥープさん来沖
沖縄タイムスの記事を載せます。
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-03-18-M_1-028-1_004.html?PSID=fc2eb3e0392798807f1096e8364f7bf9
今回のような事は、チベットの現状を知らない県民の方が、チベットについて
知る良いきっかけになると思います。
とっても素晴らしい事で、本当に嬉しいです。
ケドゥープさんを招いて下さった下地常雄会長、ありがとうございます
そんな素晴らしい下地常雄会長とはどんな方かな~、と検索してみたら、
何だか「大地康雄」さんがいっぱい出てきました…あれ
ナンデ?と思って読んだら、大地康雄さんの本名が下地常雄さんでした。なるほど。
大地さんって沖縄の方だったのか~!と喜んでいたら「出身地 熊本」って書いてありました。
でも学校は「沖縄・八重山商工高校卒」と書かれてて。なんか沖縄に縁のある方なのでしょうね。
大地康雄さんって好きな俳優なので、なんかこの情報もちょっと嬉しくなりました
↓ ここから沖縄タイムスの記事です ↓
「チベットは今、刑務所のよう」ダライ・ラマ14世のおいケドゥープさん 現状の厳しさ訴え
チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世のおいで亡命チベット臨時政府議会代議員のケドゥープ・トゥンドゥップさん(56)が17日、来沖した。那覇市の沖縄ハーバービューホテルクラウンプラザで会見し、「県民にチベットの現状を知ってほしい」と訴えた。
ケドゥープさんの来沖は初。県出身で経済団体日本経営者同友会の下地常雄会長の招きで実現した。ケドゥープさんは「今のチベットは大きな刑務所のようなもの。極めて深刻で人々は苦しんでいる」と語り、「チベットの民衆が求めているのは基本的人権の尊重と宗教の自由」と強調した。
昨年起きたラサ暴動後、中国側の警備が強化され、監視体制がさらに厳しくなっていることなどを挙げた。ケドゥープさんは18日午前、県知事と県議会議長を表敬訪問する。
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-03-18-M_1-028-1_004.html?PSID=fc2eb3e0392798807f1096e8364f7bf9
今回のような事は、チベットの現状を知らない県民の方が、チベットについて
知る良いきっかけになると思います。
とっても素晴らしい事で、本当に嬉しいです。
ケドゥープさんを招いて下さった下地常雄会長、ありがとうございます

そんな素晴らしい下地常雄会長とはどんな方かな~、と検索してみたら、
何だか「大地康雄」さんがいっぱい出てきました…あれ

ナンデ?と思って読んだら、大地康雄さんの本名が下地常雄さんでした。なるほど。
大地さんって沖縄の方だったのか~!と喜んでいたら「出身地 熊本」って書いてありました。
でも学校は「沖縄・八重山商工高校卒」と書かれてて。なんか沖縄に縁のある方なのでしょうね。
大地康雄さんって好きな俳優なので、なんかこの情報もちょっと嬉しくなりました

↓ ここから沖縄タイムスの記事です ↓
「チベットは今、刑務所のよう」ダライ・ラマ14世のおいケドゥープさん 現状の厳しさ訴え
チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世のおいで亡命チベット臨時政府議会代議員のケドゥープ・トゥンドゥップさん(56)が17日、来沖した。那覇市の沖縄ハーバービューホテルクラウンプラザで会見し、「県民にチベットの現状を知ってほしい」と訴えた。
ケドゥープさんの来沖は初。県出身で経済団体日本経営者同友会の下地常雄会長の招きで実現した。ケドゥープさんは「今のチベットは大きな刑務所のようなもの。極めて深刻で人々は苦しんでいる」と語り、「チベットの民衆が求めているのは基本的人権の尊重と宗教の自由」と強調した。
昨年起きたラサ暴動後、中国側の警備が強化され、監視体制がさらに厳しくなっていることなどを挙げた。ケドゥープさんは18日午前、県知事と県議会議長を表敬訪問する。
タグ :ケドゥープさん
2009年03月12日
ダライ・ラマ法王の声明
ダライ・ラマ法王の声明がHPに載っていました。
どうぞご覧になって下さい。
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/uprising50th.html
【チベット民族蜂起50周年記念日におけるダライ・ラマ法王の声明】
2009年3月10日
本日は、チベット民族が中国共産党のチベット弾圧に対する平和的蜂起を行なってから50周年にあたります。昨年3月以来、チベット全土で平和的な抗議行動が湧き起こりました。抗議に参加したチベット人のほとんどは、1959年以降に生まれ育ち、自由であった頃のチベットを知らない若い世代でした。彼らが強固な信念に突き動かされてチベット問題のために力を尽くした事実、さらにはそのような信念が親の世代から子の世代へと引き継がれているという事実はじつに威信の問題であり、チベット問題に鋭い関心を寄せてくださっている国際社会にとりましても、勇気の源となるかもしれません。我々は、昨年の危機において命を落とした同胞、拷問を受け、測り知れない苦難に苦しんだ同胞、さらには、チベット問題が始まって以来、苦しみ、命を落としたすべての同胞に敬意を表し、祈りを捧げます。
中国共産党部隊がチベットの北東部から東部(カム、アムド)にかけて進駐を開始したのは1949年頃のことでしたが、1950年までに5000人以上のチベット人兵士が殺されました。情勢を考慮して、中国政府は平和的解放の政策を選択し、1951年には17ヶ条の協定とその付属文書の調印に至りました。以来、チベットは中華人民共和国の支配下となっています。しかしながら、17ヶ条の協定にはチベット独自の宗教、文化、伝統的価値が保護されるとはっきり述べられています。
1954年から1955年にかけ、私は北京において毛沢東国家主席が率いる中国共産党政府や軍部のほとんどの幹部と会する機会を持ちました。我々は、チベットの社会的および経済的発展を遂げる方法について話し合い、同時に、チベットの宗教や文化遺産を維持する方法についても話し合いました。その際には、毛沢東をはじめとする幹部全員が自治区の履行に向けて道筋をつける準備委員会を設立することに合意したのですが、それは軍部管理委員会の設立というよりはむしろ17ヶ条の協定のなかで約束されているような委員会でした。しかしながら、1956年頃からチベットにおいて極左政策が敷かれ、それにより状況が急転しました。その結果、上層部との確約が履行されることはありませんでした。カムおよびアムド地域におけるいわゆる「民主的改革」の強硬履行は、当時の一般的な情勢と合致しておらず、測り知れない混沌と破壊をもたらす結果となりました。中央チベットにおいては、中国人役人が強制的もしくは故意に17ヶ条の協定の条項を破るなど、圧政的な政略は日ごとに濃さを増していきました。このような絶望的な成り行きはチベット人に選択の余地を残さず、1959年3月10日、チベット人は平和的蜂起のために立ち上がることとなりました。中国指導部は先例のない武力をもってこれを処し、それから数か月のうちに何万ものチベット人が殺され、逮捕され、刑務所に入れられました。結果的に、私は何人かのカロン(大臣)をはじめとするチベット政府役人の小さな一行と共にインドへ逃れ、亡命することとなりました。以後、10万人近いチベット人がインド、ネパール、ブータンへ逃れ、亡命しました。そのような脱出とその後の数か月間にわたって直面した想像を絶する苦難は、いまもチベット人の記憶に生々しく焼きついています。
チベットを占領した中国共産党は、弾圧的かつ暴力的なキャンペーンを繰り広げ、“民主改革”をはじめ、階級間の闘争、集産主義化、文化大革命、戒厳令の施行へと続き、最近では愛国再教育や犯罪撲滅運動を強化しています。そのような苦難の深淵に追い詰められたチベット人は、まさにこの世の生き地獄を経験しました。このようなキャンペーンによる即刻の結果は、何十万人ものチベット人の死でした。僧院、尼僧院、寺院などは跡形もなく破壊されました。歴史的建造物も取り壊されました。天然資源は見境なく搾取されています。今日、チベットの壊れやすい自然環境は汚染され、大規模な森林破壊が進められています。ヤクやチベットレイヨウなどの野生動物は絶滅へと追いやられています。
この50年間は、チベットの大地と人々に、ことばにできないほどの苦しみと破壊をもたらしました。今日もなお、チベット本土のチベット人は絶えず怯えて暮らし、中国指導部は常にチベット人に嫌疑の目を向けています。今日、チベット人が世代から世代へと受け継ぎ、命よりも貴いとかんがえてきたチベットの宗教、文化、言語、アイデンティティは絶滅しようとしています。チベット人は死刑に値する罪人のごとくみなされているのです。チベット人の悲劇は、1962年に故パンチェン・リンポチェ(パンチェン・ラマ)が中国政府に提出された7万字の覚書においても述べられました。1989年、パンチェン・リンポチェは亡くなられる直前にシガツェで行なわれた演説のなかで再度これを言及し、中国共産党の支配下で我々が失ったものは得たものよりもはるかに重いと語られました。懸念したチベット人の多くもまた、チベット民族の苦難について堂々と意見を述べました。当時の共産党書記であった胡耀邦でさえも、1980年にラサに到着した際には、それまでの過ちをはっきり認め、チベット人に許しを請うたのです。道路、空港、鉄道など、インフラ整備の多くはチベット地域に進展をもたらしたように思われますが、実際にはチベットの自然環境とチベット人の暮らしを犠牲にしてチベットを中国化するという政治的な目的のもとになされたのです。
難民となったチベット人におきましては、最初のうちこそ気候や言語の大きな差異や生計を立てるための困難に直面しましたが、亡命下で自分自身を立て直すことができました。難民となったチベット人が恐怖を抱くことなく自由に暮らすことができますのは、我々を寛大に受け入れてくださったインドを中心とする国々のおかげです。我々は、チベット問題を解決するために献身できただけでなく、子供たちにチベットの伝統教育と現代教育の両方を提供してくることができました。おもいやりを強調するチベット仏教に対する理解が、世界中の様々な地域において深められることになったこともまたポジティブな結果といえるでしょう。
亡命生活に入ると、私は速やかにチベット人コミュニティにおける民主政治の推進に着手し、1960年には選挙によるチベット亡命政府を樹立しました。以来、我々は民主主義の階段を上り、今日、我々の亡命政府は独自の憲章と立法府を持つ完全な民主政体として機能しています。我々はみな、これを誇りに思ってよいでしょう。
2001年から、我々はほかの民主的制度におけるものと同様の手順を通して亡命チベット人の政治指導者を直接的に選出するシステムを導入しています。現在は、直接的に選出されたカロン・ティパ(主席大臣)の二期目が進行しています。それゆえに、私の日常的な行政責任は減り、今日の私は半引退の状態にあります。しかしながら、義にかなったチベット問題に取り組む責任はすべてのチベット人にありますので、命あるかぎり、私はこの責任を掲げていくつもりです。
私は、私の第一の務めはひとりの人間としての務めであり、人間的な価値を促進させることにあるとかんがえています。人間的な価値を促進させることが、個人、家族、コミュニティにおける幸福な人生の鍵であるとかんがえています。第二の務めは、宗教家としての務めであり、宗教間の調和を促進させることです。第三の務めは申し上げるまでもなく「ダライ・ラマ」という名をもつチベット人であることですが、それ以上に大切なのは、チベット内外のチベット人の信頼のうえに私があるということです。以上が私の主要な務めであり、私がいつも心においていることです。
中央チベット行政府は、亡命チベット人コミュニティが満足できる生活状態を確保できるように取り図らってきましたが、もうひとつの主要な仕事としてきたのが、チベット問題の解決に向けてのはたらきかけです。1974年、我々はチベットと中国の双方にとって有益となる中道政策を提示し、1979年にトウ小平が会談を提案したときにはこれに応じる用意ができていました。何度も会談が重ねられ、調停のための代表団が派遣されましたが、しかしながら、これらの会談は具体的な結果や正式な接触に通ずるには至らず、1993年に破局に到りました。
その後、1996年から1997年にかけて、我々は亡命チベット人に世論調査を行ない、チベット本土からは可能な限りを尽くして提案を集めました。チベット民族の自由を求める闘争をいかなる方向に進めるなら満足のいくものとなるか、その回答結果に基づいて我々の今後が決定されることになっていたのです。世論調査と収集した提案に基づき、我々は、中道政策の続行を決定しました。
2002年にチベット・中国間の連絡ルートが再開されて以来、我々は、ひとつの公式ルートとひとつの議題というポリシーに従って中国指導部と8回の会談を行ないました。その結果、我々は、「全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案」を提出し、中国憲法に記述されているような自治の条件が、自治の法律を完全に履行することでいかに満たされていくかについて説明しました。我々がチベットを中国の一部であると古代から認めているとする中国側の主張は、不正確であるばかりか理にかなっていません。良いことであれ、悪いことであれ、過去を変えることはできません。政治的な目的のために歴史をゆがめることは間違っています。
我々は、未来を見つめ、双方にとっての有益のために取り組んでいく必要があります。
我々チベット人は、自治ということばの意味をなす、法に則した自治を求めているのであり、中華人民共和国という枠組みのなかでチベット人が暮らしていけるような準備が整えられることを求めています。中国は、チベット人の望みをかなえることにより安定と統一を成就できるのです。我々の側から、歴史に基づいた要求があるわけではありません。歴史を振り返りますと、中国をはじめ、今日の世界に不変の領土を維持した国はありませんし、不変を維持することもまた不可能なことなのです。
我々の願いは、すべてのチベット人がひとつの自治政権の下に置かれることであり、これは、自治区の原理の目的と一致した願いです。これが実現されるならば、チベット人と中国人の根本的な要求事項が満たされます。この真なる願いは、中国の憲法、法律、規制などにおいてなんら問題を引き起こすものではありませんし、中国中央政府の指導者の多くもこれを受け入れてきました。17ヶ条の協定の調印の際、周恩来首相は、これがもっともな要求であることを認めておられましたが、しかしながら履行には時期尚早でした。1956年、“チベット自治区”に向けての準備委員会が設立されるにあたり、陳毅副主席は地図を指し示して、「もしラサが他県のチベット地域を含むチベット自治区の首都となるならば、チベットの発展のみならず、チベット人と中国人の友愛の構築に貢献できるだろう」と、パンチェン・リンポチェや多くのチベット人の幹部や学者のそれと共通の見解を語られました。中国の指導者が我々の提案に異議があったのであれば、異議を唱える理由を示して代替案を勧めることもできたのですが、そのようなことはありませんでした。私は、中国が自国の憲法に記述しているような、全チベット人が名実を共にする自治を実現すべく我々が尽くしている誠実な努力に対して中国当局の適切な対応がないことに失望しています。
現在の中国・チベットの対話のプロセスが具体的な結果に達していないことは別としても、昨年の3月以来、チベット全域を揺るがしたチベット人の抗議に対する残虐な弾圧が起きています。そこで我々は、今後いかなる道を歩むべきか民衆の意見を求めたく、2008年11月に亡命チベット人による特別総会を開催しました。チベット本土からも可能な限りの提案を集めるため、懸命な努力がなされました。そのような全過程を経た結果として、大部分のチベット人が中道政策の続行を強く支持していることが明らかになりました。それゆえに、我々は自信をもって中道政策を遂行していますし、全チベット人が名実を共にする自治を享受できるよう引き続き努力していくつもりです。
太古の昔、チベット人と中国人は隣人として暮らしていました。未来においても、我々は共に暮らしていかなければならないでしょう。それゆえに、我々にとってもっとも大切なことは、互いへの友愛の情をもって共存することなのです。
チベット侵攻以来、中国共産党はチベットとチベット人に関するゆがめられたプロパガンダを発表してきました。その結果、中国人の一般庶民のなかにはチベットについて正しく理解している人はほとんどいません。真実を知ること自体が、彼らにとっては非常に難しいことなのです。昨年の3月以降、極左派の中国人指導者が現れ、チベット人と中国人の間に敵意を作り出すことを意図した膨大なプロパガンダが喧伝されています。その結果、残念ながら中国人の兄弟姉妹の心にチベット人に対するネガティブな印象が生じています。それゆえに、これまで繰り返し呼びかけてきましたように、私は、中国人の兄弟姉妹に対し、そのようなプロパガンダに流されるかわりに、チベットについての公平な事実をみいだすよう努めていただき、中国人とチベット人の分裂を避けていただきますよう、再度、強く呼びかけさせていただきます。チベット人もまた、中国の人々との友愛の情を得られるように引き続きはたらきかけていく必要があります。
50年間の亡命生活を振り返りますと、我々には多くの浮き沈みがありました。しかしながら、チベット問題は生き続け、解決に向けての国際社会の関心はじつに高まっています。このような見地から、私は、我々が真実と非暴力の道を歩み続けていくならば、チベット問題の正当性が明らかにされると確信しています。
亡命生活50年の節目にあたり、もっとも大切なことは、我々を住まわせてくださっている国々の政府と国民に対し、我々の深い感謝の念を表明することです。住まわせていただいている国の法律を順守するだけでなく、その国の財産となれるような方法を自分に課していく必要があります。このような努力は、チベット問題の解決やチベットの宗教や文化を維持していくうえでも同様に必要であり、我々は、過去の経験から学ぶことにより未来のビジョンや戦略を作っていかなければなりません。
いつも申し上げておりますように、我々は、最善を望んで最悪に備える必要があります。グローバルな視点から見ましても、中国国内で起きている出来事の流れを見ましても、チベット問題の迅速な解決が期待される理由が見受けられます。しかしながら、我々は、チベット人の苦闘がさらに長く続く場合の準備もしておく必要があります。それゆえに、我々は、子供たちの教育を第一とし、様々な分野における専門家を養成していかなければならないのです。環境問題や健康についての意識を高めていくと同時に、非暴力に対する理解を深め、これをあまねくチベット人の慣習としていかなければなりません。
この機会をお借りして、数々の障害に直面しようとも、50年にわたって我々亡命チベット人に測り知れない支援の手を差し伸べてくださったインドの指導者と国民、ならびに中央政府と州政府に心からの感謝の念を表明させていただきます。測り知れないご親切と寛容をもって我々を受け入れてくださっていることに深く感謝申し上げます。また、国際社会の指導者や政府、そして一般市民のみなさま、さらには惜しみない支援の手を差し伸べてくださっているチベット支援団体のみなさまに、心からの感謝の念を表明させていただきます。
生きとし生けるすべてのものの平和と幸福を祈って
2009年3月10日
ダライ・ラマ
どうぞご覧になって下さい。
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/uprising50th.html
【チベット民族蜂起50周年記念日におけるダライ・ラマ法王の声明】
2009年3月10日
本日は、チベット民族が中国共産党のチベット弾圧に対する平和的蜂起を行なってから50周年にあたります。昨年3月以来、チベット全土で平和的な抗議行動が湧き起こりました。抗議に参加したチベット人のほとんどは、1959年以降に生まれ育ち、自由であった頃のチベットを知らない若い世代でした。彼らが強固な信念に突き動かされてチベット問題のために力を尽くした事実、さらにはそのような信念が親の世代から子の世代へと引き継がれているという事実はじつに威信の問題であり、チベット問題に鋭い関心を寄せてくださっている国際社会にとりましても、勇気の源となるかもしれません。我々は、昨年の危機において命を落とした同胞、拷問を受け、測り知れない苦難に苦しんだ同胞、さらには、チベット問題が始まって以来、苦しみ、命を落としたすべての同胞に敬意を表し、祈りを捧げます。
中国共産党部隊がチベットの北東部から東部(カム、アムド)にかけて進駐を開始したのは1949年頃のことでしたが、1950年までに5000人以上のチベット人兵士が殺されました。情勢を考慮して、中国政府は平和的解放の政策を選択し、1951年には17ヶ条の協定とその付属文書の調印に至りました。以来、チベットは中華人民共和国の支配下となっています。しかしながら、17ヶ条の協定にはチベット独自の宗教、文化、伝統的価値が保護されるとはっきり述べられています。
1954年から1955年にかけ、私は北京において毛沢東国家主席が率いる中国共産党政府や軍部のほとんどの幹部と会する機会を持ちました。我々は、チベットの社会的および経済的発展を遂げる方法について話し合い、同時に、チベットの宗教や文化遺産を維持する方法についても話し合いました。その際には、毛沢東をはじめとする幹部全員が自治区の履行に向けて道筋をつける準備委員会を設立することに合意したのですが、それは軍部管理委員会の設立というよりはむしろ17ヶ条の協定のなかで約束されているような委員会でした。しかしながら、1956年頃からチベットにおいて極左政策が敷かれ、それにより状況が急転しました。その結果、上層部との確約が履行されることはありませんでした。カムおよびアムド地域におけるいわゆる「民主的改革」の強硬履行は、当時の一般的な情勢と合致しておらず、測り知れない混沌と破壊をもたらす結果となりました。中央チベットにおいては、中国人役人が強制的もしくは故意に17ヶ条の協定の条項を破るなど、圧政的な政略は日ごとに濃さを増していきました。このような絶望的な成り行きはチベット人に選択の余地を残さず、1959年3月10日、チベット人は平和的蜂起のために立ち上がることとなりました。中国指導部は先例のない武力をもってこれを処し、それから数か月のうちに何万ものチベット人が殺され、逮捕され、刑務所に入れられました。結果的に、私は何人かのカロン(大臣)をはじめとするチベット政府役人の小さな一行と共にインドへ逃れ、亡命することとなりました。以後、10万人近いチベット人がインド、ネパール、ブータンへ逃れ、亡命しました。そのような脱出とその後の数か月間にわたって直面した想像を絶する苦難は、いまもチベット人の記憶に生々しく焼きついています。
チベットを占領した中国共産党は、弾圧的かつ暴力的なキャンペーンを繰り広げ、“民主改革”をはじめ、階級間の闘争、集産主義化、文化大革命、戒厳令の施行へと続き、最近では愛国再教育や犯罪撲滅運動を強化しています。そのような苦難の深淵に追い詰められたチベット人は、まさにこの世の生き地獄を経験しました。このようなキャンペーンによる即刻の結果は、何十万人ものチベット人の死でした。僧院、尼僧院、寺院などは跡形もなく破壊されました。歴史的建造物も取り壊されました。天然資源は見境なく搾取されています。今日、チベットの壊れやすい自然環境は汚染され、大規模な森林破壊が進められています。ヤクやチベットレイヨウなどの野生動物は絶滅へと追いやられています。
この50年間は、チベットの大地と人々に、ことばにできないほどの苦しみと破壊をもたらしました。今日もなお、チベット本土のチベット人は絶えず怯えて暮らし、中国指導部は常にチベット人に嫌疑の目を向けています。今日、チベット人が世代から世代へと受け継ぎ、命よりも貴いとかんがえてきたチベットの宗教、文化、言語、アイデンティティは絶滅しようとしています。チベット人は死刑に値する罪人のごとくみなされているのです。チベット人の悲劇は、1962年に故パンチェン・リンポチェ(パンチェン・ラマ)が中国政府に提出された7万字の覚書においても述べられました。1989年、パンチェン・リンポチェは亡くなられる直前にシガツェで行なわれた演説のなかで再度これを言及し、中国共産党の支配下で我々が失ったものは得たものよりもはるかに重いと語られました。懸念したチベット人の多くもまた、チベット民族の苦難について堂々と意見を述べました。当時の共産党書記であった胡耀邦でさえも、1980年にラサに到着した際には、それまでの過ちをはっきり認め、チベット人に許しを請うたのです。道路、空港、鉄道など、インフラ整備の多くはチベット地域に進展をもたらしたように思われますが、実際にはチベットの自然環境とチベット人の暮らしを犠牲にしてチベットを中国化するという政治的な目的のもとになされたのです。
難民となったチベット人におきましては、最初のうちこそ気候や言語の大きな差異や生計を立てるための困難に直面しましたが、亡命下で自分自身を立て直すことができました。難民となったチベット人が恐怖を抱くことなく自由に暮らすことができますのは、我々を寛大に受け入れてくださったインドを中心とする国々のおかげです。我々は、チベット問題を解決するために献身できただけでなく、子供たちにチベットの伝統教育と現代教育の両方を提供してくることができました。おもいやりを強調するチベット仏教に対する理解が、世界中の様々な地域において深められることになったこともまたポジティブな結果といえるでしょう。
亡命生活に入ると、私は速やかにチベット人コミュニティにおける民主政治の推進に着手し、1960年には選挙によるチベット亡命政府を樹立しました。以来、我々は民主主義の階段を上り、今日、我々の亡命政府は独自の憲章と立法府を持つ完全な民主政体として機能しています。我々はみな、これを誇りに思ってよいでしょう。
2001年から、我々はほかの民主的制度におけるものと同様の手順を通して亡命チベット人の政治指導者を直接的に選出するシステムを導入しています。現在は、直接的に選出されたカロン・ティパ(主席大臣)の二期目が進行しています。それゆえに、私の日常的な行政責任は減り、今日の私は半引退の状態にあります。しかしながら、義にかなったチベット問題に取り組む責任はすべてのチベット人にありますので、命あるかぎり、私はこの責任を掲げていくつもりです。
私は、私の第一の務めはひとりの人間としての務めであり、人間的な価値を促進させることにあるとかんがえています。人間的な価値を促進させることが、個人、家族、コミュニティにおける幸福な人生の鍵であるとかんがえています。第二の務めは、宗教家としての務めであり、宗教間の調和を促進させることです。第三の務めは申し上げるまでもなく「ダライ・ラマ」という名をもつチベット人であることですが、それ以上に大切なのは、チベット内外のチベット人の信頼のうえに私があるということです。以上が私の主要な務めであり、私がいつも心においていることです。
中央チベット行政府は、亡命チベット人コミュニティが満足できる生活状態を確保できるように取り図らってきましたが、もうひとつの主要な仕事としてきたのが、チベット問題の解決に向けてのはたらきかけです。1974年、我々はチベットと中国の双方にとって有益となる中道政策を提示し、1979年にトウ小平が会談を提案したときにはこれに応じる用意ができていました。何度も会談が重ねられ、調停のための代表団が派遣されましたが、しかしながら、これらの会談は具体的な結果や正式な接触に通ずるには至らず、1993年に破局に到りました。
その後、1996年から1997年にかけて、我々は亡命チベット人に世論調査を行ない、チベット本土からは可能な限りを尽くして提案を集めました。チベット民族の自由を求める闘争をいかなる方向に進めるなら満足のいくものとなるか、その回答結果に基づいて我々の今後が決定されることになっていたのです。世論調査と収集した提案に基づき、我々は、中道政策の続行を決定しました。
2002年にチベット・中国間の連絡ルートが再開されて以来、我々は、ひとつの公式ルートとひとつの議題というポリシーに従って中国指導部と8回の会談を行ないました。その結果、我々は、「全チベット民族が名実共に自治を享受するための草案」を提出し、中国憲法に記述されているような自治の条件が、自治の法律を完全に履行することでいかに満たされていくかについて説明しました。我々がチベットを中国の一部であると古代から認めているとする中国側の主張は、不正確であるばかりか理にかなっていません。良いことであれ、悪いことであれ、過去を変えることはできません。政治的な目的のために歴史をゆがめることは間違っています。
我々は、未来を見つめ、双方にとっての有益のために取り組んでいく必要があります。
我々チベット人は、自治ということばの意味をなす、法に則した自治を求めているのであり、中華人民共和国という枠組みのなかでチベット人が暮らしていけるような準備が整えられることを求めています。中国は、チベット人の望みをかなえることにより安定と統一を成就できるのです。我々の側から、歴史に基づいた要求があるわけではありません。歴史を振り返りますと、中国をはじめ、今日の世界に不変の領土を維持した国はありませんし、不変を維持することもまた不可能なことなのです。
我々の願いは、すべてのチベット人がひとつの自治政権の下に置かれることであり、これは、自治区の原理の目的と一致した願いです。これが実現されるならば、チベット人と中国人の根本的な要求事項が満たされます。この真なる願いは、中国の憲法、法律、規制などにおいてなんら問題を引き起こすものではありませんし、中国中央政府の指導者の多くもこれを受け入れてきました。17ヶ条の協定の調印の際、周恩来首相は、これがもっともな要求であることを認めておられましたが、しかしながら履行には時期尚早でした。1956年、“チベット自治区”に向けての準備委員会が設立されるにあたり、陳毅副主席は地図を指し示して、「もしラサが他県のチベット地域を含むチベット自治区の首都となるならば、チベットの発展のみならず、チベット人と中国人の友愛の構築に貢献できるだろう」と、パンチェン・リンポチェや多くのチベット人の幹部や学者のそれと共通の見解を語られました。中国の指導者が我々の提案に異議があったのであれば、異議を唱える理由を示して代替案を勧めることもできたのですが、そのようなことはありませんでした。私は、中国が自国の憲法に記述しているような、全チベット人が名実を共にする自治を実現すべく我々が尽くしている誠実な努力に対して中国当局の適切な対応がないことに失望しています。
現在の中国・チベットの対話のプロセスが具体的な結果に達していないことは別としても、昨年の3月以来、チベット全域を揺るがしたチベット人の抗議に対する残虐な弾圧が起きています。そこで我々は、今後いかなる道を歩むべきか民衆の意見を求めたく、2008年11月に亡命チベット人による特別総会を開催しました。チベット本土からも可能な限りの提案を集めるため、懸命な努力がなされました。そのような全過程を経た結果として、大部分のチベット人が中道政策の続行を強く支持していることが明らかになりました。それゆえに、我々は自信をもって中道政策を遂行していますし、全チベット人が名実を共にする自治を享受できるよう引き続き努力していくつもりです。
太古の昔、チベット人と中国人は隣人として暮らしていました。未来においても、我々は共に暮らしていかなければならないでしょう。それゆえに、我々にとってもっとも大切なことは、互いへの友愛の情をもって共存することなのです。
チベット侵攻以来、中国共産党はチベットとチベット人に関するゆがめられたプロパガンダを発表してきました。その結果、中国人の一般庶民のなかにはチベットについて正しく理解している人はほとんどいません。真実を知ること自体が、彼らにとっては非常に難しいことなのです。昨年の3月以降、極左派の中国人指導者が現れ、チベット人と中国人の間に敵意を作り出すことを意図した膨大なプロパガンダが喧伝されています。その結果、残念ながら中国人の兄弟姉妹の心にチベット人に対するネガティブな印象が生じています。それゆえに、これまで繰り返し呼びかけてきましたように、私は、中国人の兄弟姉妹に対し、そのようなプロパガンダに流されるかわりに、チベットについての公平な事実をみいだすよう努めていただき、中国人とチベット人の分裂を避けていただきますよう、再度、強く呼びかけさせていただきます。チベット人もまた、中国の人々との友愛の情を得られるように引き続きはたらきかけていく必要があります。
50年間の亡命生活を振り返りますと、我々には多くの浮き沈みがありました。しかしながら、チベット問題は生き続け、解決に向けての国際社会の関心はじつに高まっています。このような見地から、私は、我々が真実と非暴力の道を歩み続けていくならば、チベット問題の正当性が明らかにされると確信しています。
亡命生活50年の節目にあたり、もっとも大切なことは、我々を住まわせてくださっている国々の政府と国民に対し、我々の深い感謝の念を表明することです。住まわせていただいている国の法律を順守するだけでなく、その国の財産となれるような方法を自分に課していく必要があります。このような努力は、チベット問題の解決やチベットの宗教や文化を維持していくうえでも同様に必要であり、我々は、過去の経験から学ぶことにより未来のビジョンや戦略を作っていかなければなりません。
いつも申し上げておりますように、我々は、最善を望んで最悪に備える必要があります。グローバルな視点から見ましても、中国国内で起きている出来事の流れを見ましても、チベット問題の迅速な解決が期待される理由が見受けられます。しかしながら、我々は、チベット人の苦闘がさらに長く続く場合の準備もしておく必要があります。それゆえに、我々は、子供たちの教育を第一とし、様々な分野における専門家を養成していかなければならないのです。環境問題や健康についての意識を高めていくと同時に、非暴力に対する理解を深め、これをあまねくチベット人の慣習としていかなければなりません。
この機会をお借りして、数々の障害に直面しようとも、50年にわたって我々亡命チベット人に測り知れない支援の手を差し伸べてくださったインドの指導者と国民、ならびに中央政府と州政府に心からの感謝の念を表明させていただきます。測り知れないご親切と寛容をもって我々を受け入れてくださっていることに深く感謝申し上げます。また、国際社会の指導者や政府、そして一般市民のみなさま、さらには惜しみない支援の手を差し伸べてくださっているチベット支援団体のみなさまに、心からの感謝の念を表明させていただきます。
生きとし生けるすべてのものの平和と幸福を祈って
2009年3月10日
ダライ・ラマ
2009年03月08日
東京ピースウォーク
昨晩、東京で行われた「チベットの自由を求めるピースウォーク」の様子が、
NHKで放映されました。
今月10日で、ダライ・ラマ法王亡命50年…
チベットの状況が改善されますように…
以下NHKのHPより転載
動画コチラ→http://www3.nhk.or.jp/news/k10014611881000.html
去年、中国のチベット自治区で起きた暴動からまもなく1年になるのを前に、7日、東京都内で、チベットの人たちの人権状況の改善を中国政府に求めるデモ行進が行われました。
このデモはチベットの人たちを支援している日本の市民グループが行ったもので、スタート地点となった東京・港区の公園には、日本に住んでいるチベットの人たちや支援者などおよそ200人が集まりました。行進を前に「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」のラクパ代表は「中国政府は、去年の暴動で死亡したのはおよそ20人だとしているが、われわれは260人以上が死亡したのを確認している。中国政府は、今もチベットの人たちにさまざまな苦しみを与えている」と述べ、チベットの人たちへの支援を呼びかけました。このあと、参加者は、中国政府に人権状況の改善を求めるとして「チベットに自由を」などと声を上げながら、30分余りかけてデモ行進しました。今月10日は、ダライ・ラマ14世がインドに亡命するきっかけとなった、1959年のいわゆるチベット動乱から50年に当たり、世界の10か国以上で中国政府に対する抗議活動などが計画されています。これに対して、中国政府は、国営メディアなどを通じてチベット自治区を統治している正当性を強調するとともに、国内での抗議行動への警戒を強めています。
NHKで放映されました。
今月10日で、ダライ・ラマ法王亡命50年…
チベットの状況が改善されますように…

以下NHKのHPより転載
動画コチラ→http://www3.nhk.or.jp/news/k10014611881000.html
去年、中国のチベット自治区で起きた暴動からまもなく1年になるのを前に、7日、東京都内で、チベットの人たちの人権状況の改善を中国政府に求めるデモ行進が行われました。
このデモはチベットの人たちを支援している日本の市民グループが行ったもので、スタート地点となった東京・港区の公園には、日本に住んでいるチベットの人たちや支援者などおよそ200人が集まりました。行進を前に「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」のラクパ代表は「中国政府は、去年の暴動で死亡したのはおよそ20人だとしているが、われわれは260人以上が死亡したのを確認している。中国政府は、今もチベットの人たちにさまざまな苦しみを与えている」と述べ、チベットの人たちへの支援を呼びかけました。このあと、参加者は、中国政府に人権状況の改善を求めるとして「チベットに自由を」などと声を上げながら、30分余りかけてデモ行進しました。今月10日は、ダライ・ラマ14世がインドに亡命するきっかけとなった、1959年のいわゆるチベット動乱から50年に当たり、世界の10か国以上で中国政府に対する抗議活動などが計画されています。これに対して、中国政府は、国営メディアなどを通じてチベット自治区を統治している正当性を強調するとともに、国内での抗議行動への警戒を強めています。
2009年03月05日
Metok【チベット子供村寄宿寮】
Metok より
【南インド、チベット子供村寄宿寮・モンドゴット(mundgod)の落成】
2008年1月11日、ダライ・ラマ法王は、南ティロル(South Tyrol)、ボルツァーノ(Bolzano)
自治県の知事ドゥルンバルダー博士(Dr. Durnwalder)と共同で開始したプロジェクト、
チベット子供村寄宿寮・モンドゴットの落成を祝いました。
ボルツァーノの代表団、ジェツン・ペマさん(Mrs. Jetsun Pema)、そして現地のチベット人
難民キャンプの代表者も落成式に出席しました。
チベット子供村の最高責任者のツェワン・イシェさん(Mr. Tsewang Yeshi)は簡潔な
あいさつの中で、ドゥルンバルダー博士のチベット子供村寄宿寮・モンドゴット、
チベット子供村スクール/保健所・チャウントラ(Chauntra)への支援に謝意を述べました。
この寄宿寮のプロジェクトは、子供達の亡命という二番目の最善策を講ずるというよりも
ジェツン・ペマさんの、感心のある人々なら直接参加できる貧困や非識字を扱った運動が
主導となっているものです。
私達の離散により、計り知れない意義が、特にチベット人難民キャンプにおける子供達への
教育にそそがれてきました。それは私達の文化・伝統を維持する為の土台となるものです。
今回の寄宿寮建設は、子供達にチベットの文化・伝統に深く結びついた全体的な教育を
提供する貢献活動のひとつです。
第一陣となる23人(12人の女子生徒と11人の男子生徒)と寮母が寄宿寮に移り住み、
地元のチベタン・セントラル・スクールに通っています。
私達は、知事であるルイス・ドゥルンバルダー博士(Dr. Luis Durnwalder)とボルツァーノ県
(Bozen/Bolzano)の政府に、この価値のあるプロジェクトを実現するために必要な多大な
資金を提供してくださった事に心からお礼申し上げます。
彼らの価値の高い財政援助は、脅かされた人々と絶滅の危機に瀕した文化を今後も
救済していくこととなるでしょう。
【南インド、チベット子供村寄宿寮・モンドゴット(mundgod)の落成】
2008年1月11日、ダライ・ラマ法王は、南ティロル(South Tyrol)、ボルツァーノ(Bolzano)
自治県の知事ドゥルンバルダー博士(Dr. Durnwalder)と共同で開始したプロジェクト、
チベット子供村寄宿寮・モンドゴットの落成を祝いました。
ボルツァーノの代表団、ジェツン・ペマさん(Mrs. Jetsun Pema)、そして現地のチベット人
難民キャンプの代表者も落成式に出席しました。
チベット子供村の最高責任者のツェワン・イシェさん(Mr. Tsewang Yeshi)は簡潔な
あいさつの中で、ドゥルンバルダー博士のチベット子供村寄宿寮・モンドゴット、
チベット子供村スクール/保健所・チャウントラ(Chauntra)への支援に謝意を述べました。
この寄宿寮のプロジェクトは、子供達の亡命という二番目の最善策を講ずるというよりも
ジェツン・ペマさんの、感心のある人々なら直接参加できる貧困や非識字を扱った運動が
主導となっているものです。
私達の離散により、計り知れない意義が、特にチベット人難民キャンプにおける子供達への
教育にそそがれてきました。それは私達の文化・伝統を維持する為の土台となるものです。
今回の寄宿寮建設は、子供達にチベットの文化・伝統に深く結びついた全体的な教育を
提供する貢献活動のひとつです。
第一陣となる23人(12人の女子生徒と11人の男子生徒)と寮母が寄宿寮に移り住み、
地元のチベタン・セントラル・スクールに通っています。
私達は、知事であるルイス・ドゥルンバルダー博士(Dr. Luis Durnwalder)とボルツァーノ県
(Bozen/Bolzano)の政府に、この価値のあるプロジェクトを実現するために必要な多大な
資金を提供してくださった事に心からお礼申し上げます。
彼らの価値の高い財政援助は、脅かされた人々と絶滅の危機に瀕した文化を今後も
救済していくこととなるでしょう。
タグ :Metok
2009年03月05日
Metok【Children from Tibet】
Metok より
【Children from Tibet】
チベット人を厳しい支配下に置く中共が取っている無慈悲な措置にも関わらず、
チベット人は非常な危険を伴う亡命へ我が子を送り出すという、
心をねじ切られるような決断をし続けています。
亡命をする主な理由はもちろん、一般のチベット人は大抵、基礎教育を受ける事を
拒絶されたり与えられなかったりする事にあります。
その為、1980年代初頭より受け入れた亡命児童の数は12,000人以上となります。
その多くは未就学児童です。
チベットからの亡命児童受入れは私達の優先事項というだけでなく、やりがいのある
大きな挑戦でもあるのです。
私達の別の施設が受け入れた2007年の亡命児童は、670人に上ります。
しかし2008年は、1月から6月の間に到着した子供と若者は、220人のみでした。
その内、6歳から13歳の子供109名を、チベット子供村へ正式に迎え入れました。
14歳から17歳の青年期の子供達111名は、Sujaにある子供村に受け入れられました。
2008年3月から起こったチベットでの嘆かわしい状況により、Tibetからの亡命児童の数は
一時的に止まっていますが、多くの子ども達が亡命できる手段がみつかり、
そのような状況は長くは続かないだろうと私達は確信しています。
【Children from Tibet】
チベット人を厳しい支配下に置く中共が取っている無慈悲な措置にも関わらず、
チベット人は非常な危険を伴う亡命へ我が子を送り出すという、
心をねじ切られるような決断をし続けています。
亡命をする主な理由はもちろん、一般のチベット人は大抵、基礎教育を受ける事を
拒絶されたり与えられなかったりする事にあります。
その為、1980年代初頭より受け入れた亡命児童の数は12,000人以上となります。
その多くは未就学児童です。
チベットからの亡命児童受入れは私達の優先事項というだけでなく、やりがいのある
大きな挑戦でもあるのです。
私達の別の施設が受け入れた2007年の亡命児童は、670人に上ります。
しかし2008年は、1月から6月の間に到着した子供と若者は、220人のみでした。
その内、6歳から13歳の子供109名を、チベット子供村へ正式に迎え入れました。
14歳から17歳の青年期の子供達111名は、Sujaにある子供村に受け入れられました。
2008年3月から起こったチベットでの嘆かわしい状況により、Tibetからの亡命児童の数は
一時的に止まっていますが、多くの子ども達が亡命できる手段がみつかり、
そのような状況は長くは続かないだろうと私達は確信しています。
タグ :Metok
2009年03月02日
常圓寺での法要
【チベット反政府デモから1年 犠牲者を追悼】
中国のチベット自治区で起こった大規模な反政府デモからまもなく1年。
東京・新宿区では28日午後、デモの犠牲者を追悼する法要が行われた。
中国では去年3月、チベット自治区を中心に大規模な反政府デモが発生した。
チベット亡命政府は286人が犠牲になったとしており、在日チベット人らが犠牲者の
冥福を祈った。
法要の参加者は、今も弾圧が続くチベットの現状を知ってほしいと訴えた。
日テレニュース より
下記動画です
http://www.news24.jp/130122.html
中国のチベット自治区で起こった大規模な反政府デモからまもなく1年。
東京・新宿区では28日午後、デモの犠牲者を追悼する法要が行われた。
中国では去年3月、チベット自治区を中心に大規模な反政府デモが発生した。
チベット亡命政府は286人が犠牲になったとしており、在日チベット人らが犠牲者の
冥福を祈った。
法要の参加者は、今も弾圧が続くチベットの現状を知ってほしいと訴えた。
日テレニュース より
下記動画です
http://www.news24.jp/130122.html
2009年03月02日
Metokより【出張プログラム】
Metok より
【出張プログラム-アルナチャル・プラデーシュ(Arunachal Pradesh) モン・タワン(Mon Tawang)教育サポート】
2007年4月、カスール・ジェツン・ペマ(Kasur Jetsun Pema)さんのタワン(Tawang)訪問の
結果、チベット子供村は文化的にチベットと類似しているインド国境付近の地域での活動を
行うことができました。
その活動の中で、チベット子供村は新人の先生が最新の情報と技術を含めた知識と
教育技能を高める為に有用なワークショップを開催しました。
そのワークショップは2008年1月前半に行われ、タワン、ボンディラ(Bomdila)、
ルムラ(Lumla)、ディラン(Dirang)、カラッタグ(Kalaktag)地方の12校から50人の
先生が参加しました。
最高責任者のツェワン・イシェさん(Mr. Tsewang Yeshi)と、教育局長のテンシン・サンポさん
(Mr. Tensing Sangpo)は、2008年5月、ワークショップを開催した地域をフォローアップ
として訪問しました。
ワークショップに参加した学校の反応を直に確かめる為です。
学校側は、ワークショップが子ども達の学習に直接的で速効性のある影響をもたらした
事に大喜びでした。
今では、子ども達は学校に通うことを楽しんでいるのです!
学校指導者や先生達との多くの有益な討議により、彼らの問題を幅広い視点で理解する事が
できただけでなく、彼らを支援するための今後のアプローチと目標の戦略を、強い決意と明快さを
伴って練ることができました。
彼らの要求により、中等学校を対象とした同様のワークショップが2008年冬に開催される
ことになりました。このプログラムにおける私たちの支援はまた、チベット言語指導者と学校側への
有限の後援を含んでいます。
今回の訪問は、あらゆる面でとても意義のあるものでした。
【出張プログラム-アルナチャル・プラデーシュ(Arunachal Pradesh) モン・タワン(Mon Tawang)教育サポート】
2007年4月、カスール・ジェツン・ペマ(Kasur Jetsun Pema)さんのタワン(Tawang)訪問の
結果、チベット子供村は文化的にチベットと類似しているインド国境付近の地域での活動を
行うことができました。
その活動の中で、チベット子供村は新人の先生が最新の情報と技術を含めた知識と
教育技能を高める為に有用なワークショップを開催しました。
そのワークショップは2008年1月前半に行われ、タワン、ボンディラ(Bomdila)、
ルムラ(Lumla)、ディラン(Dirang)、カラッタグ(Kalaktag)地方の12校から50人の
先生が参加しました。
最高責任者のツェワン・イシェさん(Mr. Tsewang Yeshi)と、教育局長のテンシン・サンポさん
(Mr. Tensing Sangpo)は、2008年5月、ワークショップを開催した地域をフォローアップ
として訪問しました。
ワークショップに参加した学校の反応を直に確かめる為です。
学校側は、ワークショップが子ども達の学習に直接的で速効性のある影響をもたらした
事に大喜びでした。
今では、子ども達は学校に通うことを楽しんでいるのです!
学校指導者や先生達との多くの有益な討議により、彼らの問題を幅広い視点で理解する事が
できただけでなく、彼らを支援するための今後のアプローチと目標の戦略を、強い決意と明快さを
伴って練ることができました。
彼らの要求により、中等学校を対象とした同様のワークショップが2008年冬に開催される
ことになりました。このプログラムにおける私たちの支援はまた、チベット言語指導者と学校側への
有限の後援を含んでいます。
今回の訪問は、あらゆる面でとても意義のあるものでした。
タグ :Metok
2009年02月25日
Metokより【Bharat Jyoti Award】
Metok summer に載っていた記事をご紹介します。
ちょっと前の事ですが、ジェツン・ペマさんが受賞なさった事について書かれています。
このMetokというチベット子供村から送られてくるニュースレターを読むと、
「みんな頑張ってるんだなぁ…えらいなぁ…」
としみじみ思います。
それはチベット人に対してだけではなく、チベット人を取り巻く人々に対しても、
この記事に関して言えば表彰するサイドに対しても、そう感じます。
この現実世界は、理想郷からは程遠いです。
見れば見るほど、知れば知るほど、辛くなる事が多いです。
でも、頑張っている人達について知ると、「今ここにいる自分」に出来る事を
やっていこうと、励まされるのです。
以下、マザー・テレサの言葉を載せます。
平和も戦争も家庭から始まります。
もし本当に世界平和を願っているなら、
まず自分の家族が相互に愛し合うことからはじめてゆきましょう。
もし、喜びを広げてゆきたいなら、
まず、一つひとつの家族が
喜びをもって生活をすることが必要なのです。
(マザー・テレサ 愛と祈りのことば より)
私は誰かを表彰する事も出来ませんし、大きな働きをする事も出来ません。
でも、いつも側にいてくれる人達に対してなら、出来る事は多くあります。
そして自分が与えられるものを、必要とする人に渡す事も出来ます。
小さな事しか出来ない自分を情けなく思うのは、とてもつまらないので、
「今ここにいる自分」に出来る事に対して、もっと感謝していきたいです。
そして、ゆっくりとでも良いので、自分の中の家族という枠組みを、
もっともっと大きく広げていきたいと思います。
【Bharat Jyoti Award ジェツン・ペマさん、Bharat Jyoti賞を受賞】
2008年3月28日、デリーで開催された式典において、ペマさんはその他著名人達とともにBharat Jyoti賞を受賞しました。
事前の取り決めの為、ペマさんは式典に出席することはできませんでしたが、チベタンユースホステル;デリーの責任者がペマさんに代わって賞を受け取りました。
私たちは、ペマさんのチベット人コミュニティ−と、とりわけチベット人の子ども達に対する献身への表彰を喜んで受け入れています。
The India International Friendship Society (インド・インターナショナル・フレンドシップ協会)は、インドの主要なボランティア組織のひとつで、経済成長と国家的な統合を強く主張しています。
協会はまた、個人・共同体・地方・宗教そして国家間の平和・発展・国際的な共同体の繁栄の為に親交を築くことが不可欠な地域において、擁護者として支持しています。
協会は、マザー・テレサを含め、さまざまな分野で活躍する著名な人々にBharat Jyoti賞を授与してきました。
ちょっと前の事ですが、ジェツン・ペマさんが受賞なさった事について書かれています。
このMetokというチベット子供村から送られてくるニュースレターを読むと、
「みんな頑張ってるんだなぁ…えらいなぁ…」
としみじみ思います。
それはチベット人に対してだけではなく、チベット人を取り巻く人々に対しても、
この記事に関して言えば表彰するサイドに対しても、そう感じます。
この現実世界は、理想郷からは程遠いです。
見れば見るほど、知れば知るほど、辛くなる事が多いです。
でも、頑張っている人達について知ると、「今ここにいる自分」に出来る事を
やっていこうと、励まされるのです。
以下、マザー・テレサの言葉を載せます。
平和も戦争も家庭から始まります。
もし本当に世界平和を願っているなら、
まず自分の家族が相互に愛し合うことからはじめてゆきましょう。
もし、喜びを広げてゆきたいなら、
まず、一つひとつの家族が
喜びをもって生活をすることが必要なのです。
(マザー・テレサ 愛と祈りのことば より)
私は誰かを表彰する事も出来ませんし、大きな働きをする事も出来ません。
でも、いつも側にいてくれる人達に対してなら、出来る事は多くあります。
そして自分が与えられるものを、必要とする人に渡す事も出来ます。
小さな事しか出来ない自分を情けなく思うのは、とてもつまらないので、
「今ここにいる自分」に出来る事に対して、もっと感謝していきたいです。
そして、ゆっくりとでも良いので、自分の中の家族という枠組みを、
もっともっと大きく広げていきたいと思います。
【Bharat Jyoti Award ジェツン・ペマさん、Bharat Jyoti賞を受賞】
2008年3月28日、デリーで開催された式典において、ペマさんはその他著名人達とともにBharat Jyoti賞を受賞しました。
事前の取り決めの為、ペマさんは式典に出席することはできませんでしたが、チベタンユースホステル;デリーの責任者がペマさんに代わって賞を受け取りました。
私たちは、ペマさんのチベット人コミュニティ−と、とりわけチベット人の子ども達に対する献身への表彰を喜んで受け入れています。
The India International Friendship Society (インド・インターナショナル・フレンドシップ協会)は、インドの主要なボランティア組織のひとつで、経済成長と国家的な統合を強く主張しています。
協会はまた、個人・共同体・地方・宗教そして国家間の平和・発展・国際的な共同体の繁栄の為に親交を築くことが不可欠な地域において、擁護者として支持しています。
協会は、マザー・テレサを含め、さまざまな分野で活躍する著名な人々にBharat Jyoti賞を授与してきました。
2009年01月24日
二人目の里子ちゃん報告
二人目の里子ちゃんが決まりました~♪
今回の里親さんは、複数名ではなく、お一人での里親さんです。
こうやって誰かの手助けをしてゆく人の輪が、ゆっくりとでも広がっていくって
スゴイ事ですね。
うれしいです
今回も小さな男の子で、5歳の子です。
なんと、一人目の里子ちゃんと同じ名前!
チベタンには、とっても多い名前との事でした。
クリっとした目が印象的な男の子です。
複数名での里子ちゃん支援は、まだ始めたばかりなので、
もう少しやり方や問題点などを見て、今後またやるかどうか、
やるならどういった方法がベストか…を考えています。
やっぱり子供にはチャンスを与えたいです。
なので、二組目の複数里親は、かなり前向きに検討していこうと思っています。
今回の里親さんは、複数名ではなく、お一人での里親さんです。
こうやって誰かの手助けをしてゆく人の輪が、ゆっくりとでも広がっていくって
スゴイ事ですね。
うれしいです

今回も小さな男の子で、5歳の子です。
なんと、一人目の里子ちゃんと同じ名前!
チベタンには、とっても多い名前との事でした。
クリっとした目が印象的な男の子です。
複数名での里子ちゃん支援は、まだ始めたばかりなので、
もう少しやり方や問題点などを見て、今後またやるかどうか、
やるならどういった方法がベストか…を考えています。
やっぱり子供にはチャンスを与えたいです。
なので、二組目の複数里親は、かなり前向きに検討していこうと思っています。
タグ :里親支援
2009年01月23日
インドへの船便とEMS
以前書いたインドへの送付方法についてです。
「どうやらインドへ船便で送ると、かなりボロボロになって届くらしい」
という話の、実際の所をKIKUさんへ伺ってみました。
やはり、ダンボールは傷んだ状態で届いているようなので、
防水に気を付けた梱包にし、内容も衣類のみを船便で送る事にしました。
衣類以外でも、絶対壊れないような物のみを、同梱しています。
そして、文房具や本・新品の消耗品はEMSで送る事に決めました。
自分なりの物差しが決まって、とてもスッキリしましたっ♪
それと、送付書の最後に書いてあるこの項目…
「この小包が万一お届け先に配達できなかった場合の取り扱いを
一つご指定ください。なお、返送、転送の場合、料金がかかります。」
迷いつつも、いつも「放棄」を選択していました。
でも、これも今年から「すみやかに返送」に変更しました。
なぜだか、船便やEMSについてハッキリ決まったら、この項目についても
すんなりと決まりました。
おもしろいものですね。
気にかかっていた返送時の料金負担の件も、心配がなくなりました。
人の心って不思議です

本当に戻ってきたら、いつも不用品を持って行っている寄付先へ、
併せて持っていこうと思います。
昨年秋~冬にかけて寄付して頂いた古着ですが、まだ送付方法を迷っていた時に
SALで一度送り、物差しを決めてから、船便で一度送りました。
ご寄附ありがとうございました

ザンネンな事に、上記二点の写真を撮り忘れてしまいました…
ごめんなさい

この記事の写真は、明日送るEMSの中身です。
ご寄附頂いた洋書や新品の服、新品のゴム手袋などです。
☆ゴム手袋について
チベット子供村では、手洗いでお洗濯をしているそうです。
ですから、冬はゴム手袋があると助かると聞きました。
安売りになっているのを発見したので、ちょっと時期はずれに
なるかも知れませんが、送ってみようと思います。
いつもご協力下さる皆様、本当にありがとうございます!
支援物資が喜ばれているようなので、本当にうれしいです

つましい暮らしを更に切り詰めつつの送料捻出の為、チョコチョコとして送れませんが
役立っている事を願って、心と祈りを込めて送っています

「送る」のではなく、「贈る」気持ちで梱包していると、逆に相手から贈られているのを
実感します。
ありがとうございます
2009年01月20日
Greeting card 届きました
昨年末の事です。
私はかなり凹んでいました。
もともと自信がないタイプなのですが、更にと~~っても自信をなくしていました。
そんな時、自宅に帰りポストを見てみると、TCVからのお手紙が入っていました

開封すると、まずTCVの事務局ツェンキーさんからの感謝のお手紙があって、
続いて私達10名で支援している里子ちゃんからのお手紙やグリーティングカードが
同封されているのに気付きました。
その里子ちゃんからのお手紙が目に入った時、涙が出ました。
もう英語が書けるようになったなんて、頑張っているんですね。
偉いです。
まだ会った事もない、遠くに住んでいるその小さな男の子が、
元気で頑張っているのだと実感し、嬉しくてたまりませんでした。
そして事務局からのお手紙にも目を通して、その手放しでの感謝の言葉に、
こんな私にでも感謝してくれる人がいるのだと、救われた思いでした。
経済力や地位・名声もない、私個人に出来る事は、本当に本当に小さな事しかありません。
でも、出来る事があるのだと、その手紙やカードに励まされました。
古着・文房具・洋書を寄付して下さっている皆様、ありがとうございます。
皆様のご協力があるので、支援物資を送る事が出来ます。
本当にありがとうございます

そして、里親の皆様、一緒に里子ちゃんの成長を見守っていける事に感謝しています。
「My Dear ten mothers」という言葉、うれしいですね!
私は嬉しいのと同時に、かなり照れました~

そんな訳で、明るい気持ちで年越しをする事が出来ました。
チベット子供村の事務局ツェンキーさん、里子ちゃん、
そしてもちろん私の周りの皆様に感謝です
タグ :チベット子供村
2009年01月20日
2008年秋 TCVの子供たち
ちょっと前の事ですが…
昨年の秋、KIKUの里親さん達がTCVを訪れた際に、里子ちゃんの写真を
KIKUさんが撮ってきてくれました。
更に、里子ちゃんの絵も同封されて送られてきました。
KIKUさん、どうもありがとうございます

里子ちゃんの写真撮影や、それを各里親へ送付したり等…
かなり手間がかかる上、費用もかかる事と思います。
本当にありがとうございます

いつか里子ちゃんに会いにTCVへ行く事があるのでしょうか。
今しばらくは状況が許さないので、現実味がないのですが…
「その内行きましょうね!」とおっしゃって頂けると、じんわりと嬉しさが心に広がります。
それにしても、写真を見てビックリ!
何だか随分大きくなっている気がしました。
ちゃんと元気に大きく育ってくれているようで、本当にうれしいです。
神様、ありがとう…
2009年01月20日
Metok【ジェツン・ペマさん、イタリアで名誉市民賞】
あっという間に2009年ですね~!
そして気付けば、もう一月も下旬に…
早いです。
色々な事がある年明けですが、今年はどんな一年となるのでしょうか。
沖縄も日本もチベットも、その他全ての人達や生き物にとって、幸せな一年となる事を願って
…上記の言葉を書いたら、急にお釈迦様の言葉を書きたくなりました。
↓ スッパニパータ 145~147 ↓
生きとし生けるもののすべてが
安楽で 幸福でありますように
およそ生命があるものならば
弱いものも 強いものも
大きなものも
中くらいなものも
微細なものも
遠くにいるものも
近くにいるものも
すでに生まれたものも
これから生まれるものも
一切の生きとし生けるものが
幸福でありますように
初めてこの言葉を読んだ時は、本当に感動しました。
「これから生まれるものも」という箇所に、
「私も含まれている!お釈迦様に祈ってもらっちゃってるっ!!」と、胸と目頭を熱くしていました。
今回は、チベット子供村から届いたニュースレター「Metok summer 2008」の二つ目の記事を載せます。
そしてなんと、「Metok winter 2008」が昨日届きました。
ちょっとゆっくりしてました…
そんな訳で、今後はもう少し早目に載せていこうかとは思っています。
努力します。頑張ります。
どうぞ気長にお付き合い下さいませ☆
【ジェツン・ペマさん、イタリアで名誉市民賞を贈られる】
2008年1月27日、ダライ・ラマ法王の妹御であり、チベット子ども村の責任者であるジェツン・ペマ (Mrs. Jetsun Pema) さんと、ダライ・ラマ法王の代理人でありジェツンさんの夫であるカロン・テンパ・ツェリン (Kalon Tempa Tsering) さんに、イタリアのティエーネ (Thiene) 市名誉市民賞が贈られました。
イタリア北部の州都市ウ゛ィツェンツァ (Vicenza) 県、ティエーネ市の市長マリア・リタ・ブセッティ (Mrs. Maria Rita Busetti) さんが、国外生活を余儀なくされる人々のコミュニティーにおけるお二人の立派な業績を称え栄誉を授けました。特にチベットの未来の為にと、チベットから亡命した多数の子ども達への教育についての活動を評価しています。
ヅェツンさんは受賞スピーチの中でその名誉に感謝し、次の様に述べられました。
「亡命者としてチベット人が危機的な状況におかれているなかで、この様なご支持をいただくことは私たちにとって非常に心強い励みになります。皆様の私たちへのご支持が、中国へのメッセージの発信となります。私は世界の様々な地域での (H)elp の結束に心より感謝申し上げます。また、引き続きチベットの子ども達へのご支援をお願い申し上げます。」
イタリア滞在中、お二人は"中国における人権"(Human Rights in China)という公開討論に出席され、またティエーネ市の学生達との交流の場にも参加されました。
お二人の受賞は、ウ゛ィチェンツァ州の14の地方自治体が共同で授与したものでした。その14地方自治体は(H)elpという平和を促進する団体に国際的に所属しています。
(H)elpは世界の様々な地域における、主導権や効果的な団結に関与する事について、多くの平和促進活動を続けてきています。
今年、(H)elpはチベット問題解決に専念しました。前述の14の地方自治体は、チベットの人々にも、世界中の人々と同様に、自己決定権・公民権・宗教についての権利を有するものだと認めたのでした。この14地方自治体の長は、皆さん全て式典に出席しました。
そして気付けば、もう一月も下旬に…
早いです。
色々な事がある年明けですが、今年はどんな一年となるのでしょうか。
沖縄も日本もチベットも、その他全ての人達や生き物にとって、幸せな一年となる事を願って

…上記の言葉を書いたら、急にお釈迦様の言葉を書きたくなりました。
↓ スッパニパータ 145~147 ↓
生きとし生けるもののすべてが
安楽で 幸福でありますように
およそ生命があるものならば
弱いものも 強いものも
大きなものも
中くらいなものも
微細なものも
遠くにいるものも
近くにいるものも
すでに生まれたものも
これから生まれるものも
一切の生きとし生けるものが
幸福でありますように
初めてこの言葉を読んだ時は、本当に感動しました。
「これから生まれるものも」という箇所に、
「私も含まれている!お釈迦様に祈ってもらっちゃってるっ!!」と、胸と目頭を熱くしていました。
今回は、チベット子供村から届いたニュースレター「Metok summer 2008」の二つ目の記事を載せます。
そしてなんと、「Metok winter 2008」が昨日届きました。
ちょっとゆっくりしてました…

そんな訳で、今後はもう少し早目に載せていこうかとは思っています。
努力します。頑張ります。
どうぞ気長にお付き合い下さいませ☆
【ジェツン・ペマさん、イタリアで名誉市民賞を贈られる】
2008年1月27日、ダライ・ラマ法王の妹御であり、チベット子ども村の責任者であるジェツン・ペマ (Mrs. Jetsun Pema) さんと、ダライ・ラマ法王の代理人でありジェツンさんの夫であるカロン・テンパ・ツェリン (Kalon Tempa Tsering) さんに、イタリアのティエーネ (Thiene) 市名誉市民賞が贈られました。
イタリア北部の州都市ウ゛ィツェンツァ (Vicenza) 県、ティエーネ市の市長マリア・リタ・ブセッティ (Mrs. Maria Rita Busetti) さんが、国外生活を余儀なくされる人々のコミュニティーにおけるお二人の立派な業績を称え栄誉を授けました。特にチベットの未来の為にと、チベットから亡命した多数の子ども達への教育についての活動を評価しています。
ヅェツンさんは受賞スピーチの中でその名誉に感謝し、次の様に述べられました。
「亡命者としてチベット人が危機的な状況におかれているなかで、この様なご支持をいただくことは私たちにとって非常に心強い励みになります。皆様の私たちへのご支持が、中国へのメッセージの発信となります。私は世界の様々な地域での (H)elp の結束に心より感謝申し上げます。また、引き続きチベットの子ども達へのご支援をお願い申し上げます。」
イタリア滞在中、お二人は"中国における人権"(Human Rights in China)という公開討論に出席され、またティエーネ市の学生達との交流の場にも参加されました。
お二人の受賞は、ウ゛ィチェンツァ州の14の地方自治体が共同で授与したものでした。その14地方自治体は(H)elpという平和を促進する団体に国際的に所属しています。
(H)elpは世界の様々な地域における、主導権や効果的な団結に関与する事について、多くの平和促進活動を続けてきています。
今年、(H)elpはチベット問題解決に専念しました。前述の14の地方自治体は、チベットの人々にも、世界中の人々と同様に、自己決定権・公民権・宗教についての権利を有するものだと認めたのでした。この14地方自治体の長は、皆さん全て式典に出席しました。
2008年12月05日
チベット子供村からのニュースレター①
チベット子供村より送られてきたニュースレターを載せます。
今回は1ページ目の文章を載せました。
チベットの現状が分かるので、今後も載せていく予定です。
どうぞお楽しみに☆
(翻訳ボランティア様、心の底より感謝です
おいそがしい中のお手伝い、本当にありがとうございました♪それとブログに載せるのが遅くなって、大変失礼しました
今後もよろしくお願いします
)Metok summer 2008 より
EDITORIAL【論説】
私達は、昨今のチベットを覆う重大局面の深刻な問題と苦痛を分かち合う、親愛なるスポンサーと支持者の皆様に御礼を申し上げる機会を得ました。皆様のサポートが、私達が行う子ども達の世話と教育のより一層の献身を強固にします。その子ども達の家族の多くは、中国の残虐行為により苦しめられています。チベットの緊迫した状況だけでなく、その厳しい国境管理により、多数の子ども達のチベットからの脱出が一時的にできなくなってしまいました。
ご存じの通り、3月10日に始まったチベット全土のチベット人による広範囲に及ぶ平和的な抗議は、チベット人、チベット文化、宗教、アイデンティティーに対する中国の暴政と誤った政策の直接的な結果です。野蛮な兵力の行使が様々な弾圧的な手段で公然と実行され続け、語られる事の無い苦しみの原因となっています。チベット国外のチベット人と、チベットサポーターによる中国に対する世界的な激しい非難と結束の動向にも関わらず、状況は引き続き厳しいままです。問題の重大さを現実的に考慮すると、中国政府当局によるチベット問題の争点に対する問題解決に向けた発表という政治的な態度を求めます。従って、私達は実質的な対話を得るために、中国指導部にとって大きな圧力となる国際的な組織による明確なサポートと、直接的な活動を引き続き求めます。
明るい話題では、私達は南インドのバンガロールにある私達のカレッジプロジェクトが素晴らしい進歩をみせている事を、支持者や後援者の皆様にお知らせすることをとても嬉しく思います。建設工事の第一段階が終わり、the SCHOOL OF EDUCATION(教師養成学校)がPrimary Teachers Training Centre(第一教師養成センター)の開設と共に、2008年7月後半に正式に開学することになりました。
学問に関する最前線では、2008年3月に1098人もの学生が第10回と第12回のBoard examinationを受験しました。その中から、673人の学生が第10クラスを受験し、その内の84.10%の学生が合格しました。また439人の学生が第12クラスを受験し、93.39%の学生が合格するという素晴らしい結果となりました。GopalpurとBylakuppeのチベット子ども村は、それぞれ人文学と商業に関する全てのチベット人学校を先導してきました。卒業生の多くは今、様々な分野の大学や専門機関への進学過程にあります。又はその他の分野の職業訓練、技術訓練を受けています。
しかしながら、質の高い教育と養成訓練の支援コストは、諸費用の上昇により極端に費用がかかる事を示しています。同時に、彼らがこの競争的な世界で成功し自立する為には、この支援が私達の子ども達にとって極めて重要であるということをはっきりと理解しています。私達が更なる費用の捻出に努める中で、質の高い教育と訓練過程にある学生達の為の特別な配分を伴う後援を続ける、スポンサーと支援団体の全ての皆様に感謝します。
チベットの政治的状況が墓場の様な困難な状態が続き、子ども達が亡命者として越境し続ける限り、私達は子ども達に安堵と未来への希望を感じてもらえる様力を尽くします。私達は、全てのスポンサーと支援者の皆様に支援を続けて頂ける様訴えます。
TASHI DELEK


日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!